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なぜウシ血清由来RNAは「後から除去」できないのか
24時間の超遠心でも7割が残る理由

培養にウシ胎児血清(FBS)を使い、あとから不要な成分を取り除く。この設計の限界を実測した論文があります。結論から言えば、通常より長い24時間の超遠心をかけても、除去できた総RNAは19〜33%にとどまり、3分の2以上が残りました。なぜ残るのか、残ると何が起きるのか、そしてこの研究が何を示していないのかまで、原文の引用と数値に沿って整理します。

30秒でわかる、この記事の要点

  • 24時間の超遠心でも、ウシ血清のRNAは7割前後が残った。実測で除去できたのは総RNA量の19〜33%にとどまります。
  • 残る原因は、装置の性能ではなく手法の原理。超遠心は重いものを沈めて分ける方法のため、タンパク質と結びついた「沈まない形」のRNAはすくい取れません。
  • これは安全性ではなく、測定の問題。著者も受け手の細胞での機能を示すデータはないと明記しており、論点は解析結果への干渉です。

1. 何が測られたのか — 通常より厳しい条件での実測

要するにこの研究は、「あとから取り除く」手順の実力を、通常より厳しい条件で測ったテストです。2016年に Scientific Reports に掲載されました[1]。手順は3段階です。

  1. ウシ胎児血清(FBS)を 100,000 g・4℃ で超遠心する。時間は80分・5時間・24時間の3条件。
  2. 遠心のあと、沈んだ側上澄み側に分ける。
  3. それぞれの総RNA量を測り、どれだけ取り除けたかを比べる。

培養上清液(細胞を培養したあと、細胞を除いて残る液の全体)の分野では、あらかじめ小胞を取り除いた血清(EV枯渇FBS)を使う手順が知られています。この研究は、その手順で実際にどこまで取れているのかを直接測ったものです。

2. 結果 — 除去できたのは19〜33%、3分の2以上が残った

24時間の超遠心で除去できたRNAは、全体の19〜33%でした。言い換えれば、67〜81%が上澄み側、つまりEV枯渇FBSの側に残ったことになります。論文の抄録は、この結果を次のように要約しています。

“The majority of them (>70%) are retained even after extended ultracentrifugation in the preparations of vesicle-depleted FBS”

それら(FBS由来のRNA)の大部分(70%超)は、長時間の超遠心を経てもなお、EV枯渇FBSの標品の中に残っている。

Wei et al. (2016) 抄録より

この数字を読むうえで、押さえておきたい前提が2つあります。

第一に、24時間は通常より厳しい条件です。論文によれば、多くの研究者は 70,000〜110,000 g・2〜18時間の超遠心でEV枯渇血清を作っており、24時間はそれを上回ります。つまり通常の手順なら、残る量はこれより多くなると読むのが妥当です。

第二に、測られたのは総RNA量だけです。タンパク質・エンドトキシン(細菌に由来する発熱性物質)・その他の夾雑物は測定されていません。「不純物全般の70%が残る」という話ではなく、RNAに限った数字です。

超遠心による分離とRNAの残存 100,000gで24時間の超遠心のあと、膜に包まれた小胞は沈んで取り除けますが、タンパク質と結びついたRNAは沈まず上澄みに残ります。総RNA量のうち67から81パーセントが残り、除去できたのは19から33パーセントでした。 100,000 g で 24時間 まわしたあと 上澄みに残るもの タンパク質と結びついたRNA 膜に包まれていないので、重さで沈まない 総RNA量の 67〜81% がここに残った 沈んで取り除けるもの 膜に包まれた小胞 重さがあるので沈む 除去できたのは 19〜33% 総RNA量の行き先 上澄みに残った 67〜81% 除去 19〜33% 超遠心は「重さで沈める」方法。沈まない形のものは、原理的に残る。 24時間は通常の手順(2〜18時間)より長い条件。通常ならこれより多く残る。 測ったのは総RNA量のみ。タンパク質やその他の夾雑物は測定されていない。 超遠心による分離とRNAの残存 100,000gで24時間の超遠心のあと、膜に包まれた小胞は沈んで取り除けますが、タンパク質と結びついたRNAは沈まず上澄みに残ります。総RNA量のうち67から81パーセントが残り、除去できたのは19から33パーセントでした。 100,000 g で 24時間 まわしたあと 上澄みに残るもの タンパク質と結びついたRNA 膜に包まれていないので沈まない 総RNA量の 67〜81% が残った 沈んで取り除けるもの 膜に包まれた小胞 重さがあるので沈む 除去できたのは 19〜33% 総RNA量の行き先 残った 67〜81% 除去 19〜33% 超遠心は「重さで沈める」方法。 沈まない形のものは原理的に残る。 24時間は通常(2〜18時間)より長い条件。 測ったのは総RNA量のみ。
図1:超遠心のあと、何が沈む側に落ち、何が上澄み(EV枯渇FBS)側に残るか。

3. なぜ取りきれないのか — 沈まないものは、沈められない

結論はシンプルで、装置の性能ではなく、手法の原理の限界です。超遠心は、粒子を重さで沈めて分ける手法だからです。膜に包まれた小胞は沈みますが、そうでない形のものは沈みません。

直感的なポイント

泥水をしばらく置いておくと、砂は底に沈みますが、水に溶けた塩はいつまで待っても沈みません。超遠心は、この「沈殿」を強力にした操作です。小胞という「砂」は沈められても、タンパク質と結びついて溶け込んでいるRNA(塩)は、時間を延ばしても沈められないのです。

著者らも、残ったRNAの多くがリボ核タンパク質複合体(RNAがタンパク質と結びついた形)として存在していると推定しています。小胞ではないため、小胞を沈める手法では原理的に落ちにくいわけです。

実測値としては、未処理のFBSから 5〜40 ng/mL の総RNAが回収され、EV枯渇処理をした標品には平均 34 ng/mL が残っていました。

4. 残ると何が起きるのか — 解析への干渉

残ったウシ由来のRNAは、細胞側の測定結果に紛れ込みます。ひとことで言えば、「細胞が分泌したもの」と「培地に元から入っていたもの」の区別がつかなくなるのです。論文が示したのは次の3点です。

報告されている干渉
現象内容
ヒト由来と誤読されるウシ由来のRNAには進化的に保存された配列が多く、ヒトゲノムに一致してしまう。ミスマッチを一切許さない条件でも、上澄み側のリードの13.2%がヒトゲノムに乗った
細胞由来と取り違える肝臓に特徴的な miR-122 が、肝以外のグリオーマ細胞の培養上清から高レベルで検出された。ただし未使用の新鮮培地にも同程度に含まれており、細胞の分泌ではなく培地が供給源だった
細胞内の測定にも紛れるマウスには相同配列が存在しない miR-1246 が、10%FBSで培養したマウス細胞株から再現性をもって検出された。EV枯渇培地に切り替えると信号は有意に低下した

3つの現象は、いずれもこの「区別がつかなくなる」という一点に帰着します。培養上清液の分析データを読むときには、その数字が本当に細胞由来なのかを問う必要がある、ということです。

一方で、この研究が安全性の問題を示したわけではないことも、同じ重みで押さえておく必要があります。著者は考察で次のように明記しています。

“As of today, there are no data suggesting the functional activity of this low-level bovine RNA in the recipient cells”

今日の時点で、この低レベルのウシRNAが受け手の細胞で機能的な活性を持つことを示すデータはない。

Wei et al. (2016) 考察より

論点は安全性ではなく、測定系への干渉です。つまり、何を測っているのか分からなくなること。この区別を外すと、研究の意味を読み違えます。

5. どこまで一般化できるか — この研究が示していないこと

先に結論を言えば、この研究から言えるのは「超遠心という手法の限界」までです。読むうえでの限界を3つ、はっきり書いておきます。

  • 検証されたのは超遠心だけです。後続の研究では、膜でこし分ける限外ろ過を用いた手順のほうが、一晩の超遠心や市販のEV枯渇血清より効率よく小胞を除去できたと報告されています[2]。「どの方法でも取れない」という一般化は誤りです
  • 影響の大きさは実験系によって変わります。細胞が分泌するRNA量には幅があるため、干渉が目立つ系と、ほとんど問題にならない系があります
  • 単一施設・3ロットの結果です。血清のブランド、ロット、遠心のローターの違いは交絡因子として残ります

2点目については、著者自身が次のように書いています。

“In some cases, therefore, the anticipated contribution of vdFBS-containing media would be negligible, whereas in others, it may skew the results significantly”

したがって、EV枯渇FBSを含む培地の寄与は、無視できる場合もあれば、結果を大きく歪め得る場合もある。

Wei et al. (2016) 考察より

6. 設計としての含意 — 「後から取り除く」か「最初から持ち込まない」か

この研究が示しているのは、「後から取り除く」という発想には、手法ごとに原理的な取りこぼしが伴うということです。超遠心なら、沈まない形のものが残ります。手法を替えれば取りこぼす対象が変わるだけで、「どこまで取れたか」を測り続ける必要は残ります。

もう一方の設計は、そもそも持ち込まないことです。ウシ血清を使わなければ、ウシ由来のRNAが混じる経路そのものがなく、除去率を議論する必要も生じません。

直感的なポイント

床にこぼしたインクを完全に拭き取るのは難しくても、インクを持ち込まなければ、拭き取る作業そのものが発生しません。「あとからどこまで取れたか」を検証し続ける設計と、「最初から入れない」設計の違いです。

日本再生医療学会のガイダンスも、動物由来成分を含まない培地を使うべきとしたうえで、ウシ胎児血清を使用した場合にはウシ血清由来の小胞が混入し、予期しない生物活性を発現する恐れがあると指摘しています[3]

「入れない」設計の全体像は「加えない」培地設計に、製法による残留成分の違いは幹細胞培養上清液とセクレトームの違いにまとめています。

よくあるご質問

「70%が残る」とは、不純物全般のことですか。

いいえ、総RNA量に限った数字です。この研究で測られたのはRNAだけで、タンパク質・エンドトキシン・その他の夾雑物は測定されていません。実測では除去できたのが19〜33%、残ったのが67〜81%で、抄録がこれを「70%以上」と表現しています。

残ったウシ由来RNAは体に害があるのですか。

この研究はそれを示していません。著者は、現時点でこの低レベルのウシRNAが受け手の細胞で機能を持つことを示すデータはない、と明記しています。論点は安全性ではなく、測定結果への干渉、つまり細胞が分泌した成分と培地由来の成分の区別がつかなくなることです。

どの除去方法でもウシ由来RNAは取り除けないのですか。

そうは言えません。この研究が検証したのは超遠心のみです。後続の研究では、膜でこし分ける限外ろ過を用いた手順のほうが、一晩の超遠心や市販のEV枯渇血清より効率よく除去できたと報告されています。手法によって取りこぼす対象が違う、という理解が正確です。

出典

  1. [1] Wei Z, Batagov AO, Carter DR, Krichevsky AM. Fetal Bovine Serum RNA Interferes with the Cell Culture derived Extracellular RNA. Sci Rep. 2016;6:31175. doi:10.1038/srep31175
  2. [2] Kornilov R, Puhka M, Mannerström B, et al. Efficient ultrafiltration-based protocol to deplete extracellular vesicles from fetal bovine serum. J Extracell Vesicles. 2018;7(1):1422674. doi:10.1080/20013078.2017.1422674
  3. [3] 日本再生医療学会(協力:日本細胞外小胞学会)「細胞外小胞等の臨床応用に関するガイダンス(第1版)」2024年4月30日

英文の引用は出典[1]の原文からの抜粋で、和訳は当社によるものです。

本記事は公表された研究の内容を紹介したものです。当社の幹細胞セクレトーム(細胞が培養中に分泌した成分の総体)は研究用試薬として供給しており、特定の疾患に対する効果を示すものではありません。紹介した研究は当社製品を試験したものではありません。

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