30秒でわかる、この記事の要点
- 氷を融かさず、直接水蒸気にして抜きます。水の三重点(0.01℃・611.657 Pa=大気圧の約1/166)より低い圧力では液体の水が存在できない、という物理を使った乾燥法です。
- 工程は「予備凍結・一次乾燥・二次乾燥」の3つ。抜ける水の種類が工程ごとに違い、液体を経ないため中身が元の位置に残り、早く溶ける隙間だらけのかたまりになります。
- 品質を決めるのは「どこまで深く凍らせたか」ではありません。氷の結晶は大きいほど乾燥も復元も速く進みます。また凍結乾燥は殺菌ではなく、水を戻した瞬間に保存上の利点は消えます。
1. なぜ氷は融けずに乾くのか — 三重点という物理
結論から言えば、圧力を十分に下げると「液体の水」という状態そのものが存在できなくなるからです。氷は融ける道を断たれ、固体から気体へ直行します。これを昇華といいます。
ふつうの乾燥と比べると、違いがはっきりします。加熱して水を蒸発させる乾燥では、液が減るにつれて残った中身はどんどん濃くなり、同時に熱がかかります。最後に残るのは、底に固まった膜です。
フリーズドライは順序が違います。先に凍らせてから、圧力を下げます。すると氷は液体に戻ることなく、そのまま水蒸気になって抜けていきます。
境目になるのが、水の三重点です。三重点は 0.01℃・611.657 Paで、これは標準大気圧 101,325 Pa の約1/166にすぎません。この圧力より下では、液体の水は熱力学的に存在できません。だから氷は融けようがなく、水蒸気になるしかないのです。
直感的なポイント
真冬の屋外で、凍ったままの洗濯物がいつの間にか乾いていることがあります。あれが昇華です。フリーズドライは、自然界でゆっくり起きるこの現象を、真空装置の中で強力に起こしています。
液体を経ないことは、乾燥後の形にも効いてきます。中身は氷の中の位置に固定されたまま残り、氷が抜けた跡が空孔として残るので、乾燥後は元の液の形と体積を保った多孔質のかたまりになります。これをケークと呼びます。
軽石やスポンジのような、隙間だらけの構造です。水を足したときに早く溶けるのは、この隙間が水を引き込み、固形分の表面積が大きいためです。
2. 3つの工程で、抜ける「水」が違う
凍結乾燥は予備凍結・一次乾燥・二次乾燥の3段階で進みます。同じ「水を抜く」でも、工程ごとに相手にしている水が違います。先に全体の流れを示します。
- 予備凍結 — 減圧しても融けない状態まで、液を完全に固める。
- 一次乾燥(昇華) — 氷になった水を、水蒸気に変えて抜く。
- 二次乾燥(脱着) — 氷にならなかった水を、熱で追い出す。
予備凍結 — 乾かす前に、完全に固める
この段階では、水はまだ1滴も抜けていません。やっているのは、次の工程で減圧しても融けない状態を作ることです。文献で使われる到達温度は−40〜−50℃です。
一次乾燥(昇華) — 氷が水蒸気になって抜ける
減圧して、氷を水蒸気に変えて抜く工程です。3つのうち最も長く、処方によっては10〜60時間以上かかります。
ここで見落とされやすいのが、昇華は熱を奪う反応だということです。汗が乾くと体が冷えるのと同じで、水は気体になるときに周囲から熱を奪います。氷の昇華潜熱は三重点で2,834.4 kJ/kgあり、1 mL(約1 g)の水を氷から飛ばすだけで約2.83 kJが要る計算です。
この熱は製品自身から奪われます。だから棚から熱を入れ続けないと、昇華は自分が奪った冷たさで止まってしまいます。真空と加熱を同時にかけるのは、真空が「水蒸気の逃げ道」を、棚温度が「奪われた熱の補給」を担う役割分担だからです。
二次乾燥(脱着) — 氷にならなかった水を追い出す
ここが意外に知られていません。凍らせても、水は全部が氷になるわけではないのです。溶質に強く結びついたまま凍らずに残る水があり、最大凍結濃縮相ではたとえば20〜30%(w/w)にもなります。
一次乾燥で抜けるのが「床にこぼれた水」だとすると、こちらは「雑巾に染み込んだ水」にあたります。染み込んだ水は、昇華では抜けません。
そこで棚温度を30〜50℃まで上げて3〜6時間かけ、結合を切って追い出します。医薬品では最終的な残留水分0.5%未満(多くは0.2%前後)を目標にするのが標準です。
3. 真空ポンプは、実は乾燥させていない
「真空ポンプが水を吸い出している」と思われがちですが、昇華を進めている力はポンプの吸引力ではありません。製品の氷が出す水蒸気圧と、コールドトラップの表面が出す水蒸気圧の差です。つまり両者の温度差が水蒸気を運んでいます。
氷が出す水蒸気の圧力は、温度に対して指数関数的に下がります。
ここで、よくある誤解をひとつ解いておきます。「コールドトラップは冷たいほど速く乾く」わけではありません。一次乾燥中の製品の氷は −25〜−35℃ あたりで進みます。
仮に −30℃ だとすると、トラップを −50℃ から −80℃ へ下げても、駆動力は 34.1 Pa から 38.0 Pa へ、約11%増えるだけです。一次乾燥の速さを決めているのは、棚温度・チャンバー圧・伝熱の側です。
では −80℃ に意味がないかというと、そうではありません。効いてくるのは到達できる真空度と、残留水分を落とす二次乾燥、そして昇華が速いときのトラップ能力の余裕です。効く場所が一次乾燥ではない、というだけです。
なお真空ポンプが不要という意味でもありません。ポンプは初期の排気と、漏れ込んでくる凝縮しないガスの排出を担い、系全体を低圧に保ちます。
直感的なポイント
ポンプは、水を吸い出す掃除機ではありません。水蒸気が流れられる「場」を整える係です。実際に水を運んでいるのは製品とトラップの温度差で、コールドトラップは飛んできた水蒸気を氷として捕まえる終着駅にあたります。ポンプが場をつくり、温度差が水を運ぶという分担です。
4. 品質を決めるのは「どこまで冷やしたか」ではない
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい点です。結論から言えば、品質と速さを左右しているのは冷却の深さや速さではなく、氷の結晶の大きさです。
氷の粗さを決めるのは、冷やす速さではない
氷の結晶が粗くなるか細かくなるかを決めるのは、冷却の速度そのものではなく氷ができ始めた温度(過冷却の深さ)です。核形成は、微粒子の混入や容器の条件に左右される確率的な現象だからです。
しかも凍結乾燥機の棚冷却が使える範囲(おおむね2℃/分未満)では、冷却速度を変えても氷ができ始める温度はほとんど変わりません。0.05〜1℃/分の範囲で核形成温度にも乾燥速度にも差が出なかった実験があります。
氷は大きいほど、乾燥が速い
直感に反するかもしれませんが、氷の結晶は大きいほうが乾燥は速く進みます。氷が抜けた跡が空孔になるので、結晶が大きいほど水蒸気の通り道が太くなるためです。
5%マンニトール溶液で、自然に任せると氷ができ始める温度が −8.0〜−15.9℃ とばらついたのに対し、チャンバーの減圧で核形成を制御すると −2.3〜−3.7℃ で全バイアルを同時に凍らせることができました。このとき推定された有効空孔半径は 13 µm から 27 µm へ拡大しています。ここで得た抵抗値をもとに乾燥条件を設計し直した結果、一次乾燥時間は41%短縮しました。
直感的なポイント
氷が抜けた跡は、そのまま水蒸気の通り道になります。大きい結晶=太いトンネルです。細い路地が入り組んだ街より、太い道が通った街のほうが流れは速い、という理屈です。
復元の速さも、氷を大きく育てる方向で良くなる
凍結後にいったん温度を上げて氷を育てる工程(アニーリング)を −3℃ で入れると、入れない場合に比べて復元時間が38%短縮したという報告があります(p<0.01、n=10)。−10℃なら14%、−15℃なら21%と、温度によって効き方が違いました。空孔が大きく比表面積の小さいケークになるためです。
つまり「深く、速く凍らせるほど良い」という単純な関係ではありません。凍結条件は、乾燥の速さ・復元の速さ・タンパク質へのストレスのあいだで釣り合いを取って決めるものです。
上のアニーリングの数値は、高濃度モノクローナル抗体の単一処方(150 mg/mL、8%スクロースほか)を8 mLバイアルに3 mL充填した系での結果です。アニーリングは比表面積を下げるぶん二次乾燥が長引き、残留水分が上がる可能性もあります。工程が1段増えるため総サイクルはむしろ長くなりえます。「アニーリングは常に良い」という話ではありません。
5. 超えてはいけない温度が、2種類ある
一次乾燥のあいだ、品温には上限があります。ただしその上限は処方によって別物です。
| 系 | 基準になる温度 | 実測値の例 |
|---|---|---|
| 塩やマンニトールなど 凍結中に結晶になる成分を含む | 共晶点(Te) | 食塩水:約 −21.1℃ マンニトール:−1.5〜−2.2℃ |
| 糖・タンパク質など 結晶にならず非晶質のまま固まる | ガラス転移温度(Tg′) 崩壊温度(Tc) | 20%スクロース:−33.1℃ 20%トレハロース:−29.4℃ |
崩壊温度 Tc はガラス転移温度 Tg′ より1〜3℃高いのが通例です。一次乾燥中の品温は、この臨界温度より2℃ほど低く保つのが一般的とされます。なお成分が3つ以上ある実際の処方では、物理化学的に厳密な意味での共晶はほとんど起こらず、「共晶点」は便宜的な呼び方です。
この温度を超えるとどうなるか。系の分子が動きやすくなり、乾燥マトリクスが粘性流動を起こしてケークが潰れます。これを崩壊(collapse)といいます。潰れた部分が水蒸気の通り道をふさぐので、乾燥そのものも滞ります。
似て非なるものにメルトバックがあります。これは一次乾燥が終わりきらないうちに昇温したり、品温が融解温度を超えたりして、残っていた氷が融け、すでに乾いたケークを溶かし戻してしまう欠陥です。「液体から乾かすこと」ではありません。
崩壊が起きると、外観の問題だけでなく、残留水分の上昇・復元時間の延長・二次乾燥の長期化につながることがあります。ただし崩壊が即座に失活を意味するわけではありません。微小な崩壊がかえって長期安定性を改善した例も報告されています。品質リスクではあるが自動的な失活ではない、というのが正確なところです。
6. 常温で置けるのは、水を減らしたから
フリーズドライ品が冷凍庫なしで置けるのは、微生物が増えるのに使える水を減らしたからです。ここで効く指標は残留水分そのものではなく水分活性(aw)で、閾値は次のように整理されています。
- 0.91多くの細菌は、aw がこれを下回ると増殖できません。
- 0.70腐敗カビの下限は、概ねこの値です。
- 0.60aw がこれ未満では、いかなる微生物も増殖できません。
だから保存料を入れなくても腐りにくくなります。ただし、ここには必ず添えるべき限定が2つあります。
凍結乾燥は殺菌ではない
水を減らすのは増えなくする操作であって、殺す操作ではありません。もともと入っていた微生物がいなくなるわけではないので、原液側のバイオバーデン管理と無菌的な工程は別途必要です。どの試験が何を見ているかは別の記事にまとめています。
直感的なポイント
乾燥は、微生物にとって「一時停止」であって「退場」ではありません。その証拠に、凍結乾燥は菌株を長期保存する標準的な方法として使われています。乾かせば済む、という話ではないのです。
水を戻した瞬間に、その利点は消える
溶解した時点で水分活性はほぼ1に戻ります。乾燥によって得ていた保存上の利点は、そこで失われます。乾燥状態での有効期限と、戻したあとの取り扱いは別の話として考えてください。調製後は速やかに使い切る前提になります。
当社製品の場合
比べていただくために、当社のフリーズドライ品の条件を書いておきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 容量 | 1mL相当をフリーズドライ加工/バイアル |
| 戻し方 | 1mLにつき1mL程度の純水または生理食塩水を添加。戻したあとの液量が仕様として決まっています |
| 希釈 | していません。回収した上清液を薄めずに製剤化しています |
| 容器 | 遮光瓶 |
| 保管 | 暗所常温(40℃まで)/有効期限は製造から2年 |
| 配送 | 冷蔵クール便(年間を通じて) |
製造工程では予備凍結・コールドトラップ冷却・真空排気を行っています。ただし本文で書いたとおり、予備凍結やトラップの到達温度は市販の凍結乾燥機として一般的な範囲であり、それ自体を特長として掲げるつもりはありません。残留水分および水分活性の実測値は現在開示していません。必要な場合はお問い合わせください。
常温保管が実際にどの程度の条件なのか、配送が冷蔵である理由はフリーズドライがもたらす常温管理に、フリーズドライ品の「1mL」表示が何を指すのかは卸価格の比べ方にまとめています。
よくあるご質問
フリーズドライは、ふつうの乾燥と何が違うのですか。
液体の状態を経るかどうかが違います。ふつうの乾燥は加熱して水を蒸発させるため、液が減るにつれて中身が濃くなり、熱もかかります。フリーズドライは先に凍らせてから圧力を下げ、氷を液体に戻さずに直接水蒸気にして抜きます。水の三重点である611.657 Paより低い圧力では液体の水が存在できないという物理を使っています。中身は氷の中の位置に残るため、乾燥後は隙間だらけの多孔質のかたまりになります。
なぜ常温で置けるようになるのですか。
微生物が増えるのに使える水を減らすためです。水分活性が0.60を下回るとどのような微生物も増殖できません。多くの細菌は0.91、腐敗カビは0.70が下限とされます。ただし凍結乾燥は殺菌ではなく静菌なので、もともと入っていた微生物がいなくなるわけではありません。無菌的な工程と原液側の管理は別途必要です。
深く速く凍らせるほど良い製品になりますか。
そうとは限りません。氷の粗さを決めるのは冷やす速さそのものではなく、氷ができ始めた温度です。しかも凍結乾燥機の棚冷却の範囲では、冷却速度を変えても氷ができ始める温度はほとんど変わらないことが複数の実験で示されています。また氷の結晶は大きいほど水蒸気の通り道が太くなり、一次乾燥はむしろ速く進みます。復元の速さも氷を大きく育てる方向で改善した報告があり、−3℃のアニーリングで復元時間が38%短縮した例があります。
乾燥中に超えてはいけない温度があると聞きました。
処方によって2種類あります。塩やマンニトールのように凍結中に結晶になる成分を含む系では共晶点で、食塩水ではおよそ−21.1℃です。糖やタンパク質のように結晶にならない系ではガラス転移温度と崩壊温度が基準で、20%スクロースのガラス転移温度は−33.1℃です。一次乾燥中の品温は、この臨界温度より2℃ほど低く保つのが一般的です。超えるとケークが潰れる崩壊が起こりえます。
コールドトラップは冷たいほど良いのですか。
一次乾燥の速さという意味では、冷たくしても大きくは変わりません。昇華を進める力は真空ポンプの吸引力ではなく、製品の氷とトラップの水蒸気圧の差です。製品の氷が−30℃で進んでいるとき、トラップを−50℃から−80℃へ下げても、この差は34.1 Paから38.0 Paへ、約11%増えるだけです。トラップを深くすることが効くのは、到達できる真空度と、残留水分を落とす二次乾燥の側です。
戻したあとは、どのくらい持ちますか。
水を加えた時点で水分活性はほぼ1に戻るため、乾燥によって得ていた保存上の利点は失われます。調製後は速やかに使い切る前提で扱ってください。乾燥した状態での有効期限と、戻したあとの取り扱いは別の話です。
本記事は凍結乾燥という製造技術の一般的な解説です。記載した温度・時間・数値は引用元の条件におけるものであり、あらゆる製品に当てはまるものではありません。当社の幹細胞セクレトームは研究用試薬として供給しており、特定の疾患に対する効果を示すものではありません。
出典
- Wagner W, Riethmann T, Feistel R, Harvey AH. New Equations for the Sublimation Pressure and Melting Pressure of H2O Ice Ih. J Phys Chem Ref Data. 2011;40:043103.(三重点 273.16 K・611.657 Pa)
- Feistel R, Wagner W. A New Equation of State for H2O Ice Ih. J Phys Chem Ref Data. 2006;35:1021.(三重点における昇華潜熱 2,834.4 kJ/kg)
- Practical Advice on Scientific Design of Freeze-Drying Process: 2023 Update. Pharm Res.(PMC10661802)(3工程、一次乾燥の条件、臨界温度からの安全余裕、二次乾燥の条件)
- Searles JA, Carpenter JF, Randolph TW. J Pharm Sci. 2001;90(7):860-871.(冷却速度と核形成温度の関係)
- Konstantinidis AK, et al. J Pharm Sci. 2011;100(8):3453-3470.(制御核形成、有効空孔半径 13→27 µm、一次乾燥41%短縮)
- Zhang X, Zhou N, Yang C, Jin Z, Guo J. Antib Ther. 2024;7(1):67-76.(−3℃アニーリングによる復元時間38%短縮)
- Horn J, Friess W. Detection of Collapse and Crystallization of Saccharide, Protein, and Mannitol Formulations by Optical Fibers in Lyophilization. Front Chem. 2018.(PMC5790775)(Tg′・Tc の実測値、崩壊の機序)
- Murphy DM, Koop T. Review of the vapour pressures of ice and supercooled water for atmospheric applications. Q J R Meteorol Soc. 2005;131:1539-1565.(氷の飽和水蒸気圧。本記事の値は同式で算出し、公表表値と照合)
- 水分活性の閾値:UC ANR「Water Activity and its Role in Food Preservation」/Kansas State University Extension MF3674